SSブログ

一瞬のシルエット。 [お知らせ / Information]

R0010939.jpg

代官山でのグループ展のための打ち合せでした。
ギャラリー内の設備の確認とかさせていただいたんですけども、とても素敵な空間なので、空間負けしないような設置を心がけないと、、、ですね。

夜、浜松からいらした表具師の鈴木さんにお会いしまして、いろいろな話を伺う機会を得ました。
その道のプロのお話を伺うと、今後の制作の参考になりますね。


----------------------------------------------------------
Reconcilable Generation
内田文武・榎本貴政・佐原和人


10月24日(金)〜11月5日(水)

at ギャラリースピークフォー(代官山)
11:00〜20:00(最終日18:00まで・木曜休廊)

*初日24日(金) 19:00〜21:00 オープニングパーティー


----------------------------------------------------------
一瞬のシルエット 新進気鋭のアーティスト3人


この三人の若いアーティストたちは、一人のキュレーターによって集められたわけではありません。上海アートフェアで、たまたま顔を合わせ、話をしている間に意気投合し、今回の展覧会実現の運びとなりました。
作品の表面的なモチーフに共通する《シルエット》がキーワードだったとか。おそらく彼ら三人は一瞬にしてそれぞれの作品に共通する性質を理解し、制作の意図、方法、世界的なアートシーンとかけ離れた日本の状況、奈良、村上だけが日本のアートではないよねといった共通の話題に議論が沸騰したことだろうと推測されます。
はじめに、《シルエット》つまり影について考えてみましょう。《影》は人や物に光が当たって壁や地面あるいは障子に映る外形です。西欧の伝統的な切絵の技法を用いるアメリカのアーティスト、カラ・ウオーカーのコラージュ作品で再び影の絵が注目されるようになりました。ただ彼女の作品は白い背景に黒い紙を切り抜いて貼りこんだ、一見影絵のようなミニマルな作品です。そのため物語性が強調されることになります。
70年代の日本の現代美術で話題を呼んだのは、高松二郎の《影》の作品です。白いキャンバスに人の影や自転車などがグレーのシルエットで描かれた作品は国内のほとんどの美術館に収蔵されています。こちらは実体のない影即ち不在をテーマにした概念芸術です。

あらためて三人の作品の《影》に目を移すと、内田文武の作品は風景、それが自然であれ建物であれ、また空を平行に横切る何気ない電線などが、モノクロームを基本とする省略された《影》によって表現され、クールで都会的なセンスを光らせています。
佐原和人の作品には風景のほか、人物や動植物も多く描かれます。アニメやTVCMのワンシーンも《影》になって登場します。金銀のほか、にじみやぼかしといった日本画の伝統的技法を応用した画面は豊穣な色彩に溢れてゴージャスです。何千枚もの手描きの水彩を撮影してアニメーションも制作しています。
榎本貴政は、映像作家としての活動が基本になっています。自分自身の身体表現と逆回転と繰り返しを組み合わせるなど、時間の可逆性という難解な問題を面白く扱って見事です。写真作品は《影》によって切り取られた空や背景に表現の主眼があるようです。

《影》の表現は、基本的にはあくまで平面的ですが、三人の《影》には、周囲の空間が取り込まれ、伝統的な日本絵画の平面的な表現とは一線を画しています。では西洋的な表現かというと、そうでもなさそうです。しいて言えば、西洋的な客観性でしょうか。
古くから読み継がれている『徒然草』に次のように書かれています。
「また、鏡には、色・像なき故に、万の影来りて映る。鏡に色・像あらましかば、映ら
ざらまし。虚空よく物を容る。我等が心に念々のほしきままに来り浮ぶも、心といふもののなきにやあらん。心に主あらましかば、胸の中に、若干の事は入り来らざらまし。」(第235段)
「また、鏡には、色彩や形象がないため、あらゆる物体の映像が映るのであって、もし鏡にきまった色彩や形象があるとしたら、ほかのものが映ることはないであろう。
空間は、何もないので、あらゆる物を充分に包容できるのである。我々の心に種々の思いが気ままに現れて浮んでくるのも、心という実体がないからであろうか。心に、家と同じく、主人が存在しているとしたら、胸中に、多くの思うことは入りこむことはないであろう。」

影、空間、鏡、これらが三人の《影》の作品の根源的要素だと考えられます。「心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書き綴りて・・・」から、「目に映る様々な光景の一瞬を切り取る」への進化、そこに現代日本人の伝統と歴史に基づいた感性と美学があります。
もう一つ付け加えておきたいのは、三人の優れた運動能力、動体視力です。彼らの作品が静けさを湛えていながらダイナミックな力強さを備えているのはそのためでしょう。
運動神経ゼロのアニメおたくとは大きく異なる点だと思われます。

上海に始まった彼らの出会いが、東京を経て、ニューヨーク、ロンドンと広く世界に及ぶ日が近いことを確信します。

広本伸幸(ギャラリー・タグボート アート・ディレクター)
nice!(1)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:アート

nice! 1

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

Facebook コメント

トラックバック 0